IIR計画



H大学は、明治8年(1875)森有礼によって銀座尾張町に私設された商法講習所を祖とする東京商科大学をその前身とする、わが国で最も古い社会科学系の総合大学である。1997年1月時点で、商学部・経済学部・法学部・社会学部の4学部と、その他に大学院・附属図書館・情報処理センター・社会科学古典資料センター・経済研究所などから構成されており、これらの校舎群が自然環境に恵まれた広大な国立キャンパスの中に散在している。

この国立キャンパスの西端に、商学部の附属施設であった産業経営研究所(産研)があるが、この産研が1997年4月1日よりイノベーション研究センター(Institute of Innovation Research:IIR)と名称変更し、商学部から独立して学部級に格上げされ、全学部横断的な研究施設として改組・発足することになった。IIRが目指すのは、日本初の社会科学分野における産・官・学共同研究体制の拠点になることであり、かつ理論研究に偏っていた従来の姿勢から理論と実践とを繋ぐ架け橋にならんとするもので、その理念は遠大でプログラムは画期的なものであった。本計画は、これに伴う建築施設の構想提案である。

大学側プロジェクトチームからは、既存の産研(RC造;地上3階建/約1400m²)を再利用するという条件の他に、IIRの設立理念・研究体制・アイデンティティ構築計画などの原案が提示された。

われわれの提案は、この原案にできるだけ素直に応答し、その理念に込められたキーワード―学際・架け橋・解放・公平・平等・自由・変化・前進―を建築的に翻案・表現したものとなっている。その結果、この計画の建築的アイデアは、大学側プロジェクトチームの理念形成にフィードバックされ、最終的にプロジェクト全体を極めて高いレベルに押し上げることに成功した。また、古い校舎の欠点を解消しながら新たに掲げられた理念を体現し校舎を再生させるというデザイン姿勢が、時代に対応できなくなった古い大学施設の今後の在り方を示しているとして、大学側からも高い評価を得た。 全体は、既存施設を新たな機能に従って整理・改築しながら屋上に2層の鉄骨造ガラスペントハウスを加え、またエレベーター・設備シャフトを新設した全5層で、
1階 :知のストックエリア(図書室・資料室)
2階:知のインタラクションエリア(研究者サロン・コンピュータ室)
3階:知の探求エリア(研究室群)
4・5階:知のコラボレーションエリア(産官学・国境・学問領域を越えた人々のディべートエリア)
という構成になっている。